死に際の了悟 時々ふと思うことがある。 しかもそれはある一人に向けられる思いだ。 それは本当に突然、食事中だったり寝る直前だったり靴をはくときに思う。 「あー殺したイ」 でもこれは本当に殺したいわけじゃない。殺しはいかんよワトソン君。 だからこれは殺意というものなのか疑問なのだ。 もしそう思った瞬間に死んだりしたら俺は警察になんて言えば良い? 【私が念じたので死にました】 なんて痛いことを言えばいいのか? 俺は容疑者?容疑者・沖田総悟?死刑? というか、アレだ。 警察は俺だ。もしかしてどうにでもなったりして。 今は街を巡回している。ちゃんと仕事してんだぜ。 それもあと10分で休憩。昼休みになる。 一日の半分、労働時間の半分になれば柄にもなく何だかアンニュイな気持ちになる気がする。 今日も特に何もなく終わりそうだし、何もない一日で果たして死に際に「良い人生だった」って言えるんだろうか。 覚えているんだろうか。 何もないのが良いのかもしれない。俺は嫌だが。 でもまぁそれは「良い人生」じゃなくて「平和な世界」だな、と思いながら俺は「交代の時間です。休憩して下さい」と言われた。 やっぱ平和な世界だな。 どこで昼を過ごすかなと考えつつ俺はさあさあと流れる川の音を聞いた。 俺が歩いてる横に川原があり、川が流れていた。 そういやこの川原で前、近藤さんと旦那が決闘していたなァ。女を賭けた闘いだったか。ぶっちゃけくだらねー。 辺りを見回す。途中に風が吹いた。あまり冷たくはない。春になるこの季節には雪がほとんどなかった。 眠っていた草や花が少しずつ顔を出して、春ですこんにちはと言っているような気がした。 太陽はそんな草花を応援してるかのようだ。日差しだけは初夏気分だった。 別にいつも見ている景色に圧倒された訳ではないが、何だか無性にここで昼を過ごしたくなった。 (今日はここで食べるか) 俺はその場を離れて近くのファストフード店でおにぎりとお茶のセットをテイクアウトで頼み、また川原に戻ってきた。 川原の斜面に座る。なんとも危うい。すべりそうだったからやっぱり普通の地面、川原の頂きに座った。斜面に足をかける感じだ。 俺はさっき買ったおにぎりとお茶を取り出し昼食へと突入した。 おにぎりには海苔が無く、少し手がべとつくなと思ったがあまり気にならなかった。 やっぱり食べ物の方が暖かいなと思いながら、お茶を飲む。 平和な世界だなとも思ったところで、 どんっ! と背中に圧力がかかった。 何だ?と思う時にはすでに遅く、あまりにも不意打ちすぎて後ろの気配に気づかなかった。 俺は恥ずかしくも、まだ全部食べてないおにぎり(3個)とお茶と一緒にそのまま川原の斜面を転がっていった。 恥ずかしい事に、勢い良く転がった俺は最後に地面へ腹を思い切りぶつけて止まった。 「ぎゃっははははは!哀れ人の子アル!」 ・・・ある。アル。アル。 そんな語尾のやつは俺は一人しか知らない。 「酢昆布娘!」 「ワタシを睨むよりまずお昼ご飯を哀れんだらいかがネ!ふふふ」 何が「ふふふ」だキモイ。 と思いながら一応辺りを見回す。おにぎりが一つぐしゃりと腹の所に潰れてくっついている。 あとの2個は散らばって草やら土やらをかぶって転がっていた。とても食べる物ではなくなってしまっていた。 「をっほほほほほ!ワタシはやられたら10倍にして返すネ!あの時のケーキの恨みアル。思い知ったか!」 補足説明をすると、 『あの時のケーキ』とは、俺が前に、こいつが万事屋の給料が出た祝いとやらで買ったケーキを、 道端ですれ違った時に踏み潰したことだった。 まだ覚えていたのか。 「中々滑稽アルな。真っ黒の隊服に腹だけ真っ白! 真っ白なお腹の〜ジャリガキは〜いーつもみーんーなーのー笑ーいもーのー! ぎゃはは!かわいそうアルなァ?米で隊服がべったりくっついて中々取れないアル。 しかも取ろうとすると手にまで米がついてますますベトつくアルー!きゃああっ」 「……それのどこが10倍返しでィ?最近の酢昆布は知能を低下させるのかィ? こんなもん、脱いじまえば良いだけじゃねぇかィ」 俺はさっさとジャケットを脱いだ。寒さは少し感じたが、太陽の光も暖かいからすぐ慣れそうだった。 「な、なんだとォッ!?」 と焦った顔をして少し考えたこいつだったが、 すぐににやりと口を歪ませて嘲笑いながら言った。 「……もしかしてお前ってそのまま帰るつもりアルか? それで帰ったらかなりの恥さらしアルなァ! だって、だっておま、ぷくく、米が腹に、洗濯機の中に、くっくっ……ゆらゆらと米粒が……」 笑い方から何か親父臭が漂ってくるんですけど…… と言いたくなるような喋り方に、少しばかりイラついたが、 こいつはイラついたら負けだと思ったから、何でもない風に装い、 「ここで洗えば良いじゃねーか」 と言って、目の前の川で洗うことにした。 川に隊服の汚れている部分をつけ、ごしごしと洗う。 さすがに水は冷たい。 あまり深い川ではないらしく、時々水底の石が当たって痛い。 が、しかし俺はここでもまた何でもない様に装った。 と、その、 俺の背中を押して川に落とそうと思ったらしいこいつが、 両手で背中に触れようとした時、 俺は振り向いてその手を掴み、 逆に川に落とした。 こいつは頭から川にぶつかっていき、ばっしゃあぁという音が響いた。 「お前はやっぱり頭悪ィな……気づかないとでも思ったのかィ?バレバレですぜ」 こいつは寝ながら両手両足をまるで子供の駄々のようにばしゃばしゃやり出して嘆いている。 「くっそおおおッ!何でアルか!?何でワタシがアルかぁああッ!」 「俺はやられる前にやる方なんでィ」 「オイコラ。ワタシが最初にてめーの握り飯腹に練りこませたこと忘れてんじゃねーだろーな」 「オイコラ。だったら俺が最初にてめーのケーキ踏み潰してやったことはどーなるんだろーな」 ぐぬぬぬぬ、と変なうめき声をあげながら俺を睨みつけてくる。 俺はこいつをこのまま放って目の前で服を洗おうとする。 こいつは「てめー……っ」と言った所で、 「……っくしゅ!」 とくしゃみの音がした。 俺は音がした方を向いて、鼻水を垂らしている本当に女なのか疑問を持ってしまうこいつを一瞥した。 「……お前、風邪ひくぞ」 「あーあひくね。これは確実にひくアル。真選組に医療代と慰謝料請求するアル。10倍でな」 「……俺はそんな脅しでびびるやつじゃねーですぜ」 「じゃあ悪口言うアル。江戸中にお前の悪口をねちっこく言いふらしてやるアル」 「……そんな事しても段々言ってるやつが『あの人いっつも悪口ばっか言ってて感じわるーい。 他に話題ないのォ?』って逆に悪口言われるのが関の山ですぜ」 「ああああうるせーよマセガキ!とりあえず足怪我してるから立つのを手伝って欲しいんだよ!」 ……? 何だ?いきなり、食えねーやつ……。 あれ、この川ぬるくね?太陽の光まぶしすぎじゃね? 「何赤くなってるネ?もしかして照れてるアルか??女の子の肌に触れた事ないアルかァ??」 「……手伝わねーぜィ」 「なにィっ!ちょっとからかっただけネ!最近の若者はキレやすくって敵いませんの〜」 ごちゃごちゃ言ってるこいつを手伝うかどうか迷ってると、勝手にこいつが手を出してきた。 「さっさと助けるアル!」 マジで手伝いたくなくなってきたが、後で色々とやかく言われるのも面倒なので、 俺は手を出した。 すると、 こいつは俺が出した右手の、手首の方を掴んで、そのまま自分の斜め横へ、俺を落とした。 ばっしゃあああんっ という音が、すごくゆっくりと聞こえた。 左手を水底についたから、水に浸かってるのは足の部分だけだった。 だがこいつの顔が、手首をひっぱられたから、目の前にあった。 「ぎゃっはははははは!!!引っかかったアル!!馬鹿だ!やっぱこいつ馬鹿だったアル!!!」 こいつの馬鹿にした言葉が、何故か聞こえてるのに聞こえなかった。 あまりにも俺が驚いた顔をしたから、こいつもすぐに真顔に戻った。 その時の、表情が。 その時、俺は。 「……どうしたアルか?お前驚きすぎネ」 ふと思った。 そして悟った。 『このままじゃ死ぬな。だからか』 と。 END. +++++++++++ 気づきました。 |