「君を愛してる。もう離したくない」
「ええ私も。ずっと一緒にいましょう」
 
 
 
気味が悪い。
 
昼休み中。屯所の食堂ではおっさんしかいないのに昼ドラが流れている。
男と女が目と目を見つめあって愛の言葉をささやいていた。
なんだこれ、誰が見るんだ。
あたりを見回すとけっこう見てる。おい、おっさん共しっかりしてくれ……。
 
 命を懸けてもだとか、死んでも、だとか。
そーいうの言えるやつの気がしれない。
お前の気持ちは言葉に表さなきゃ消えてなくなるものなのか?
そんな言葉は自分への叱咤だと俺は思う。
所詮そんな言葉も裏返せば自分のためなのだ。
いや、俺が自分の気持ちをおもいっきり晒すことに慣れてないだけなのかもしれない。
だってぶっちゃけ恥ずかしくね?
言葉自体も寒々しいが、本当にそう思ってたら恥ずかしくて言えなくね?
そう思っていたら、食堂のスピーカーから放送が流れてきた。
なんでも歌舞伎町の店で強盗があったと通報があったらしい。
巡回してる俺はこんなとこにもいたくなかったし、昼も食べたしでひやかしに、もとい鎮めに行くことにした。
外は、昨日大雨が降ったから所々水たまりができていた。俺はひょいと水たまりを避けながら車に乗り込み歌舞伎町へ向かった。
 
 
 江戸・歌舞伎町。
大人の歓楽街。そんな街。
歓楽街の意味がよくわからない子供でも、派手な色の装飾の看板や建物だけであまり教育によろしくない所だと分かるんじゃないだろうか。
昼だが、歓楽は時間など気にしない様子らしく、明るいうちからもこの街は賑やかだった。
この街にいると、なんで人間が何憶人も存在するかわかる気がした。
そんなことをちらっと考えつつ、強盗があったという所に行ったが、なにもない。
強盗どころか店もないただの空き地だった。
一緒に来たやつらは「なぁんだ……」とか「昼ドラみたかったのに」だとか言ってる。
ひやかしに行こうとしたら逆にひやかされたのだ。
ひやかしは結構あるが、俺は慣れていない。
俺はこのどこにぶつけたら良いかわからないマジムカツク思いのやり場を探していた。
そう、探していたのだ。誰でも良い、誰でもよかった。
だから俺はふと辺りを見ると、傘を持ったピンク色の髪色をしたこの場に似つかわしくないような女を見つけたから、
そいつを俺は知っていたから、俺はこの通り魔的思いをぶつけようと思った。
一緒に来た同僚は先に帰らせた。
 
 傘を持った女……チャイナ娘は、道の端でしゃがんで何かをやっていた。
 
 
 「ケーキ落ちてるぜィ」
 
 「は?」
 
と言いつつ、俺が話しかけた人物はしゃがんだまま上を向いた。
傘を持っていたせいでよく見えなかったが、こいつは何か木の枝のようなものを持っていた。
地面にはわずかに穴が。
俺はそれを見たら絶対尋ねたくなる言葉を言った。
 
「あんた、何してんでィ」
「あんたにはカンケーないアル」
 
あーあ、今なんかすごくアブソリュートゼロ。おい誰か熱を持ってきてくれ。
けれど誰も持ってきてくれないのは分かってるから自分でやるしかない。あとで副長のマヨ全部捨てよう。
 
「落とし穴か?いい歳して落とし穴なんか掘ってんのかィ?木の枝なんかじゃ掘れねーぜィ」
「ハァ?いい歳してどんな考えアルかぁ?ワタシはなぁ!いま蟻をみつけてるんだヨ!」
「……ハァ?蟻ィ?」
「蟻は、食べ物を巣に持って帰るんだヨ!つまりそこを狙えばショクリョウがチョウタツ出来るネ!
 銀ちゃんは家で仕事があるから、ワタシだけのトクベツニンムネ!」
 
この歌舞伎町でそんな体勢になるやつといえば、
遊びが仕事の子供か、二日酔いが仕事のサラリーマンかのどちらかになりそうだが、
こいつは段ボールがマイホームの子供に近かった。
まぁ、つまりありていに言えば、『邪魔だから外に出て遊んで来い』と。
いや、もしかしたら万事屋はそれくらい生活に困っているかもしれない……。
それはない……といいな。
 
「ちょっと、あんた邪魔ネ!蟻ふんずけてたら承知しないヨ!」
 
本当に必死だった。
これが食べ物のためなのか、「銀ちゃん」のためなのかわからないが、
なんだか自分の体の真ん中あたりにぐるぐると渦をまくものが出来てきた。
 
「……。道に落ちてるものは交番に届けないといけませーん。
なので、例え食べ物があったとしても、それは交番にとどけましょー」
「ハィィ!?い、イヤヨ!あっ、これ落し物じゃないアル!蟻の食べ物アル!」
「じゃあ強盗だな」
「なんだとこの公僕がァァアッ!」
「交番に届けたら良いと思うぜィ?みつかってもみつからなくても拾い主に何割かくるし。それに強盗は犯罪です」
 
ぐぐぐ、と下唇を噛む仕草をして俺を下から見上げる。
良い表情だ。
 
「こ、これは、落し物でも強盗でもないアル……探し物アル!だから交番なんて関係ないアル!」
 
こんなただの言葉遊びにいつまでもついてくるこいつは本当に負けず嫌いだな。
そんなやつは嫌いじゃない。
屯所にいる昼ドラ好きの野郎たちにも見習ってほしいと思うくらいだ。
そして俺はいつの間にかイラついていた感情をなくしていたことに気づいた。
それに気づくと、お前ちょっとは役に立つんじゃん、と感心し、お礼にこいつの仕事を手伝うことにした。
 
「ハァ?いらないんだけど、マジで」
 
と毒付かれたが、
 
「もし蟻のエサを盗ったとき蟻が死んだら、強盗殺蟻だから警戒してる」
 
と言い返してやった。
 
 
 
 今日はずっと曇り空だったから、時間の感覚がよくわからなかったが、
ずっと何時間も地面を食い入るように見入っていたチャイナが、スーツにネクタイ姿の男たちを見て、
 
「あ、こんな時間!早く帰らなきゃ銀ちゃんにしかられるアル!」
 
と叫んだ。
俺はその何時間も隣で蟻を殺さないか警戒していたが、そんなにかかっていたとは気付かなかった。
勇み足のチャイナをふいに追いかけた。
自分でも何をしているのか分からなかったが、チャイナも
 
「何ついてきてんだヨ」
 
と言ってきた。
 
「家まで警戒」
 
とだけ言った。
 
 
 右目にチャイナと道路を見据えて、
左目に店やら民家の壁をちらつかせながら、俺は無言で歩いていた。
昨日が雨だったから、地面には水たまりがいくつかできていた。
チャイナ娘はぶつぶつと「結局ショクリョウチョウタツできなかったネ。それというのもこの……」
と自分の失態を俺のせいと愚痴を吐いていた。
俺はそれを頭の片隅に置き、この寛大な心で、
 
「あ、酢昆布落ちてるぜィ」
 
と大嘘を吐いた。
 
 
酢昆布という言葉に敏感に反応し、チャイナはその場に立ち止まり地面を中心にきょろきょろと観察しだした。
もちろん俺はそんなもの気にせずさっさと歩く。
そうだ、ガキの頃って横断歩道の白い部分だけを歩く、歩けなかったら死亡。みたいなゲーム流行ったよな?
俺の近所横断歩道なかったけど…俺はそれをふと思い出して無性にやりたくなった。
そりゃもう、マジ全力で。
けど今、周りに横断歩道がなかったから俺はしょうがなく道路の白線をなぞって歩いた。
 
「どこにあるんだヨ」
 
チャイナはそう言って俺の隣にきた。
今日は天気が悪い。
曇り空だったからチャイナは傘をしていない。
だからチャイナの隣が民家の壁でも、気にせず歩くことができるのだ。
俺はまだ白線遊びをしている。
この道路は一方通行で、しかも俺たちが進む方向のものだから、
車の音がするか、振り向くかしないと車が来るかわからない。
車は一向に来る様子はなかった。
そう、これで良い。と思った。
平行の一通が交わればそれは罪だ。
罪を犯してまで……なんてドラマティックだろう。
『愛してる』『離れたくない』
甘い言葉が頭から離れない。
(何かで読んだことがある。主人公が言っていた。多くの善の前では、多少の悪は罪にはならないのだと。)
しかし、罪を暴くのが警察……真選組だ。俺はそっち側の主役にはまだなれそうにない。
ドラマみたいな甘い展開、試してみたい気もするが、俺にはまだ必要ないと感じてしまう。
 
あいつはまだ、気づかない。
 
「何のことか分からねェな」
 
俺にはこれが、限界のようだ。
 
 
 
途中、ふいに隊服をつかまれ「今日は少し楽しかったヨ、くそ野郎」と言ったから、白線からはみ出そうになったけど、
なんとか毒付きながら歩くことができた。
白線からはみ出たら、俺はどっちを選ぶだろうか。殉職か、心中か……。
 
 
 
 
 
 
 
 
end.