痛みを伴うことで理解することがあるのなら、俺は理解しなくて良いと思った。 俺は痛みを受けることが嫌いだからだ。相手にするのなら大歓迎だが。 剣術は楽しい、だから苦痛じゃない。怪我はもちろん痛いけれど。 痛みでむりやり体に刻み付けるよりも、自然に気づき理解できるものの方が本物だと思うから。 そう、俺が何をしてもしなくても、季節は変わっていくのだ。 痛む春 目の前を歩いていた蟻を踏んでしまった。生きているかもしれないし、死んだかもしれない。 そんな足の裏の物語の行方を構うことなく、俺は久々のオフ(だけど特に予定がない)だから街を歩いていた。 季節は冬、だと思う。 もう夏の暑さも蝉の鳴き声も秋の涼しさも紅葉の葉もすべて無くなってしまっているから。 だけど雪は降っていなかった。合っているのは寒さだけ。 でも最近は雨が多いから、もしかしたらもうすぐ気温が下がり雪が降るかもしれない。 そんな冬になりかけの季節だ。 息を吐けば今までいたのか分からなかった白いもやが口から出て踊り始めた。 もしかしたらこれだけでも冬と呼べるかもしれない。これらは今は俺たちの季節だ!と言わんばかりにでしゃばっているから。 いきがっている白い息を無視して、俺は街を見ていた。ここはいつも見回っている街だから、特に何か新しい発見があるわけでもない。 けれどなぜか足が動いてしまっていた。理由は考え中。 さっきも言ったように、いつも見回っているし、ここが中心都市だからこの街がにぎやかなのは周知の事実だ。 当然俺も知っている。というか何をしなくてもあたりまえに理解できる。分かる。気づく。 だからこそ気づくはずがなかったのだ。いや、気づきたくなかったし、気づいたとしてもいつもなら無視をしたはずだった。 後ろから走ってくる全く殺気立っていない女の存在を。 何故だろうか、良く分からない。ここはにぎやかな街のはずなのに。 俺は後ろからぱたぱたと走って来る足音に振り返ってしまったのだ。 そしてその足音の原因を見た。 目立つピンクの髪の毛に真っ白な肌。右手には傘を持ち、左手には・・・何かは分からない箱を持っていた。 そしてその足音は予想通り大きくなってくる。 俺は前を向いた。関係がないからだ。 さっきのように歩き始めようと思った。足音はどんどん大きくなる。 だが、何故だろう、足が重い。動かねー。 こりゃ土方のクソヤローに寝ている時なにかされたか?野郎・・・寝ている時セメントで固めてやる。 後ろの足音はますます大きくなる。そしてそれが俺を追い越しそうになった時、つい、いや何故か、横を振り向き足を前に出した。 「ギャァアア!!」 どっしゃああーー!! 何で足を引っ掛けてしまったんだろう、こいつとは関係ないし関わりたくないのに。 サディスティックの自分を恨んだ。走るやつを見ると足を引っ掛けたくなるのだ。誰にでも。 そして、こいつはいきなり足を引っ掛けられたのだから転ぶのは仕方のないことなのだが、 こいつはかなり威勢良く転んだ、というか飛んだから少し驚いた。 こいつが飛んだと同じくさっき左手に持っていたのが見えた何か分からない箱も飛んで、俺の手元にちょうど良く落ちてきたので持ってしまった。 「?」 俺はこいつが飛んだことよりも手にすっぽり落ちたこの箱が気になったので見ていた。 だから手を貸そうなんて事は思いついていないのだ。箱を見ていたから。 箱は紙の箱だった。箱の形で何となく思いつく。ケーキが入っていそうな箱だった。 「な、何する…ああああッ!!!お前は…ッ!!」 初めは状況が良く分かっていなさそうな表情だったが、俺の顔を見るなり一瞬で悟ったようだった。 気づくのが遅いと思った。けれどさっきの表情の変化が面白かったから忘れることにした。 「随分とご陽気じゃぁないですかィ」 「ハッ!お前には関係ないアル!」 そういえばこいつと会ったのは久しぶりな気がした。 こいつは全く変わり映えがしないやつだな。 前に会った時と服装以外同じな気がする。 ピンクの髪の毛に真っ白い肌、おまけに傘。この傘は夜兎族という天人のこいつのシンボルマークみたいなやつだ。 日にあたれないから傘をささないと昼に外を歩けないらしい。 「つーか返せヨ!!これぁワタシのアルよ!!」 こいつは俺が持っている箱を指さした。 あぁ、すっぽりと受け止めたこの箱な。 俺はひどく純粋な質問をした。 「…これは何の箱なんでィ?」 俺の質問にこいつは本当にどうでも良いような顔をして、 「オメーには関係ないアル。四の五の言わずに良いからよこせヨ!」 無理やりにこれを奪おうとした。 だからこれが大事なものなんだろうとはまぁ最初から予想はついていた。 だから俺はサディスティックの血が騒いだのかひょいひょいとこいつの行動の邪魔をした。 「何してんだテメー!人のもの盗る気アルかコノヤロー!!」 もちろん盗る気なんてさらさら無い。意味がないからだ。 …だとしたら今の行動には意味があるのだろうか? まぁ、意味のない行動もたまには必要なんだ頭の活性化にはと勝手に思い込んでやっぱり邪魔をする。 「それは最近運良く連続して仕事の依頼が来てお金がたまったから、銀ちゃんがケーキ食べたいって言って買った大切なやつアル! ワンホールだぞ!ワタシも食べれるネ!オメー糖分なんて最近とってないから銀ちゃんヤバイ事になってんの知らねーダロ!!」 …質問なんてしなければ良かったと後悔した。 それは俺が質問をしてもしなくても勝手に言ってきたからと… ……。 ……「銀ちゃん」、か…。 こいつは会うたび銀ちゃん銀ちゃん銀ちゃん銀ちゃん。それしか知らねーんじゃねーのかってくらいだ。 頭の悪い女は嫌いだぜ。 だから俺は分からせるために、ケーキの箱を地面に落とした。 結構な重さだからか、思ったよりも早く落ちた。そしてそのまま足で踏んだ。 引っ掛けた時も思ったが、足がやたらと軽い気がする。短距離走で世界新記録できそうな気分だ。 「グギャアアアアアッ!!!な、なな、何するアルこんのクサレ外道ォォオオ!!!」 「あァ、すいやせんねィ・・・足が勝手に動くんでさァ。こりゃー赤い靴の呪いかもしれねェ。」 「そんなワケアルかァアッ!!どこのアンデルセン童話アルか!?靴ごっさ黒いし!!テメーの両足切り離してやろうか!?」 そう言ってこいつはその場でしゃがみ、ケーキの箱だったものを開けて中身を確認した。 もちろん中身もぐしゃぐしゃだった。ショートケーキだったらしく、白いクリームと赤いイチゴが潰れて所々ピンクになって見えていた。 何の為に確認したかは分からなかった。 それからこいつはケーキの箱だったものを持って、黙って立ち上がった。 箱の方を向いていたので表情が分からなかったが、次の瞬間知る事になる。 こいつはバッと前の、俺の方を向いて、キッと睨んで、目に少し涙を浮かべていた。 俺は思ってもみなかったから少し動揺した。 「お前なんて大嫌いアル!」 捨てゼリフを吐いたこいつはケーキの箱だったものを持って、本来もっと早く通り過ぎていただろう道を駆け足で走っていった。 俺はその場で立ちすくんでいた。足が重い。 痛みを伴うことで理解する事があるのなら、俺は理解しなくても良いと思った。 しかし、何かが変わってしまったのだろうか?その痛み自体が、何の前触れもなくやってきたのだ。 そう、俺が何をしてもしなくても。自然に。 …胸をおさえた。痛かったからだ。 季節が、変わった?冬が終わったのか? 俺はしばらく突っ立ったまま黙っていた。 そしてふと気づいたように回れ右をして、もと来た道を戻った。 (どうやら冬が終わって春が来たらしい。けれども俺はそれをまだ認められないでいる。痛む春は理解しなくても良いからだ) 戻る途中、何かを踏んでしまったような気がする。けれども俺はそれを気に留めずに歩き続けた。 空から、ふわふわと白い雪が、降って来た。 end. ++++++++ 沖→神の一歩手前のような話。 |